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二度目のアメリカ


有村 司
(米2/鹿児島県出身)

 

 2004年6月末、私にとって約3年ぶり、2度目の米国の大地を踏むことになった。3年前、私は農業大学の学生として1週間ほど、カリフォルニア州のいろいろな農業を見学させてもらった。日本では見ることのできない広大な農地を目の前にして、いつかアメリカの大地で農業の勉強をしてみたいと思った。

 農業大学卒業後、農業を営む父の元で大学で学ぶことのできなかった経営の基礎を学んだ。実家の農業経営状況を把握したその2年後、これから先どうすればもっと良くなるだろうと思い悩んでいた時に、この研修OBからの1本の電話をもらい、すぐに私は申し込み手続きを取った。

 現在は、カリフォルニア州のサーマルという町にある農場で研修している。配属された12月はセロリのシーズンで、日本人研修生の仕事は朝の作業準備、品質チェック、収穫した各サイズの箱数チェック、労働者に仕事の指示をするなど、まるでチームのリーダーのような感じである。

 最初は先輩研修生の指示でメキシコ人労働者と一緒にセロリの収穫や箱詰めをしていた。メキシコ人労働者は、仕事のできる人の指示にしか従わないということなので、彼ら以上に仕事ができるところを見せないといけないのだが、初めてのセロリの収穫や箱詰めは、なかなか自分の思うようにできなく、遅れをとってしまった。けれど1週間ほど経つと、収穫の要領もつかみセロリのサイズも手で持っただけで分かるようになり、先輩から仕事を少しずつ引き継いだ。最初は、スペイン語もよく分からず先輩に聞きながら片言で指示を出していた。言葉が通じないことにすごく苦労した。上手く労働者に指示が出せずに先輩に注意を受けることも何度かあったが、ここでの生活研修に慣れた頃、彼が第3次学科研修で農場を離れることになった。
 
 そして、同期研修生と2人での研修が始まった。今までは先輩研修生に指示を出してもらっていたが、周囲の状況を把握して、先へ先へと効率よく作業が進むことを考えるようになり、自分に足らなかった部分も見えてきた。

 セロリのシーズンが終わると、選果場で次に始まるピーマンの準備が始まった。選果場では選果機の整備や塗装をした。ここではスペイン語で指示を受けて作業をするので今まで以上にスペイン語の必要性を感じた。そして、これからピーマンのシーズンが始まろうとする頃、先輩が第3次学科研修を終えて農場に帰ってきた。

 ピーマンのシーズンが始まり、先輩と一緒に仕事をしていく中、まだまだ自分に足らないものがあるなと思い、ひとつでも多くのことを吸収しようとしている。

 現在は、同期研修生と2人でセロリのプランティングを担当している。仕事時間も昼間から夜間へと変わり、山々に太陽が沈もうとする頃から仕事が始まる。夜は夜間と違って涼しく仕事がしやすい。トラックのライトの光しかなく、空を見上げると満点の星空が広がっていて、満月の夜はよりいっそう綺麗に輝く。

 そしてセロリの収穫が始まる頃、後輩研修生がこの農場にやって来るだろう。

 アメリカに来てはや15ヶ月が過ぎようとしている。私が得たものは、周囲の状況を把握して先へ先へと物事を考える力だと思う。ここに来させてくれた両親には、とても感謝している。

 日本に帰った時、ここで体験した2年間が無駄ではなかったと思えるよう、一つでも多くのことを吸収しながら日々精進していきたい。

 
 
※この原稿は『北米報知新聞10月8日号』に掲載されたものです。