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多言語国家スイス

橘昌史(スイス修生:熊本県出身)
 

 スイスはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの言語を公用語とした、多言語国家として成り立っている国である。日本とは全く異なる文化を持つスイスで、特に日本と違うところの一つがこの4つの言語が一つの国で使用されているということだと思う。自分達スイス派遣研修生は、大抵ドイツ語圏の農家に配属され、スイス国民の64%が使用するドイツ語を学んで日常でも使っていくわけだが、この多言語国家の文化に触れる機会はたくさんある。

  先日、オランダに派遣されている研修生仲間がスイスを訪ねてきたときに、自分が住むフライブルグ州の州都に行ってきたのだが、その時にも多言語文化を痛感させられた。

  フライブルグ州というところは、ドイツ語圏とフランス語圏のちょうど境目にあたり、州都のフライブルグではセリーヌ川という川を挟んで片側がフランス語圏、その対岸がドイツ語圏になっていて、州の名前もドイツ語ではFreiburg(フライブルグ)だが、フランス語ではFribourg (フリブール)と二つの名前がある。仲間と昼ごはんを食べようとあるレストランに入った時、まず最初にフランス語で『ボンジュール!』と挨拶された。さすがにレストランでくらい通じるだろうなと思い、ドイツ語で『こんにちは、ドイツ語で大丈夫ですか?』と聞いたところ、『Non!Non!』(フランス語で『いいえ』の意)と首を振られた。ドイツ語以外は日本語しかしゃべれない自分なので、とりあえずドイツ語で必死に手振り身振りを駆使しながらやっと注文することができた。

  その後にも、イベントでろうそくを作れるというのをやっていて、それに参加しようと試みた時も同じことが起きた。教えてくれる人の説明がわからない、子供達が楽しそうに話しかけてきてくれるのに全く理解できない…。しかしそこに幸いにもドイツ語とフランス語がしゃべれるお客さんがいたのでその人に通訳をしてもらえたのでよかったが、元々ドイツ語もペラペラしゃべれる自分ではなく、その上フランス語をドイツ語に訳してもらい、それを頭の中で日本語に訳し、仲間に日本語で教えてあげるという誠に大変な作業をしなければなかった。自分の住んでいるところはこのフライブルグ州のドイツ語圏で、州都に来るまでは電車で20分ほどしかかからない。なのにこんなにも違うものかと改めて思った。

 さらにスイスはこの4つの公用語に加え、ドイツで話されている標準ドイツ語に対してスイスドイツ語と呼ばれる方言ドイツ語が普段は話されている。これは文法も単語も違っていたり、地域によっても方言の種類が違うというのだから、ほとんどスイス語といっていいと思う。ただでさえ難しいドイツ語なのに、辞書にものってない、文法も違うとくれば研修生泣かせもいいところだ。若い人たちは気を使ってかなるべく標準ドイツ語でしゃべってくれるのだが、お年寄りの方の本気スイスドイツ語はすごい。全く理解不能だ。しかし自分は週に二回、マルクトという青空市場みたいな露店で野菜を売るという仕事をしているのだが、野菜を売る仕事を一年間も続けると、難しいスイスドイツ語も挨拶や単語くらいはわかってくる。今では野菜の名前くらいは方言で言えるようになったのだが、そうやって野菜を売っていると、初めて買いにくるお客さんなどからたまに『スイスドイツ語が理解できるのか!?』とビックリされる。それはそうだ、自分も日本で外人が熊本弁をしゃべりながら野菜を売っていたら驚くだろう。

 こういった感じの多言語国家スイスで一年間過ごしてきて、スイスに来たすぐの頃の自分をふと思い出す。来たすぐは電車に乗っていてフランス語圏、またはイタリア語圏に入った時、街並みもフランスっぽくなったりイタリアっぽくなったりするのだが、それを見て『なんかここスイスっぽくないね』と仲間と言っていた。しかし今はそうは思わなくなっている。一つの国にいながらしゃべる言葉が地域によって違い、言葉も違えばそこに住む人の雰囲気も違う。電車で少し行だけでフランスの文化やイタリアの文化が漂う、それらすべてがスイス独自の文化であり、『スイス』なのだろうと今は思っているからだ。