国際農業者交流協会TOPページへ

TOP > 海外からの便り > 研修生便りバックナンバー > バックナンバー

天下もつかのま…
自由と責任は背中合わせ

<連載 第11回

柿谷信実(スイス研修生:高知県出身)
 


 突然ですが、今、親分もご主人さんも、家を留守にしている。ずーっと働き通しだったこの人たちにも、やっと休暇が訪れたのです。そして私にとっても嬉しいこの時。ついに私の天下が訪れたのだ! 

 ここで、今の家の中をご説明しましょう。親分とご主人さんと、私とスイス人実習生の子が一人、今はこの家に住んでいるのはこの四人だけで、夏にいた三人の実習生たちは期間を終えてそれぞれの家に帰ってしまった。そして今、この家には自由が溢れているのです。

 例をあげると、朝食の時、親分お手製のジャムではなく、戸棚の奧にひそむハチミツをパンにぬることができるのです! ラジオの音をどれだけ大きくしても気にすることもないし、洗濯機も週末以外の日に使える。こんなことは、別に禁止されているわけではないけれど、気が引けて、いつもは簡単には出来ないことなのです。それが今は、何をしてもバレないのです。

 土曜に出発したお二人。スイス人の実習生も週末は、毎週実家に帰るので、日曜は本当にこの家は“私のもの”でした。午前中に教会に行っただけで、あとは、いつもはご主人さんが寝っ転がっているソファーに一日中ころがってテレビを見まくって、うとうとしながら過ごしました。久しぶりにダラけた休日に満足しながら向かえた月曜日。私にあるのは天下だけではないことを思い知らされた。

 待っていたのは仕事とその責任でした。親分がいない分、直売所の仕事を私がある程度手伝うように言われていたのですが、「まー大丈夫だろう」と思って余裕をかましていたけれど、少しなめていた。

 時間が足りないのです。よく考えたら当たり前の話で、親分の二時間分くらいの仕事を私が代わってやるのです。そして私の仕事は変わらずあるのだから、時間が足りないのは当たり前。どうしよう…… と思っても急ぐよりほかに方法がないことは分かっていて、急いでみたら何とかなった。とりあえずは何とかなりそうだけど、思っていた天下と違い、二つの大きな責任もあった。

 その日の仕事をこなすことの責任と、もう一つ。お店のカギとお金を預かっている私には寝坊が許されないという責任です。

 社会的には、寝坊なんてまったく許されることではないだろうけど、学生あがりの私は、(その学生時代はいつも遅刻魔だった)スイスでも、すでに片手にあふれるほど寝坊している。寝坊というのは何の言い訳もできないことを私は身に染みて知っているつもりです。ただ謝るしかない。でも今は謝る人もいない。緊張していたのか、いつもは三十分程目覚ましを鳴らしてもなかなか起きない私が、月曜の朝からは、目覚ましが鳴る前に何度時計を見たことか……。

 自由には責任がついてくることは、私なりにはよく分かっているつもりです。今のこのことも一つの例だと思いました。

 先の人生にも自由を求める私は、もっと大きな責任を背負うことになるでしょう。そして責任のとれる大人になれるように、まずは寝坊ゼロ運動から始めましょ!!

 あー親分が帰ってくるまで何事もなく過ごせますように。  (天下のノブ)

 
 
※この原稿は『農村報知新聞2月号』に掲載されたものです。