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2004マレーシア出張報告


マレーシア年次会議の様子を下記のとおり簡単にご報告致します。

期  間:平成16年12月13日−15日
出張者:受入業務課 坂元良二

<年次会議>12/14

出席者:マレーシア農業省:モクタール氏(MOA課長代理)
      ペナン県普及局次長カマルザーマン氏、サマラ女史(MOAKL:モクタール氏部下)
JAEC :坂元、通訳コイさん


左からカマルザーマン氏、モクタール氏坂元職員、通訳コイさん 左からコイさん、カマルザーマン氏、モクタール氏、サマラ女史

1.2004年度の問題

日本側からの説明:

 ODA事業の変遷とその求められる派遣国の姿勢、両国間の協定書の条件を堅守、研修生の条件、資質、ホームステイの事業の前提条件、ならびに2004年度研修生の状況と問題点等を説明して、改善を求めた。特にコミュニケーションを取らない者、宗教以外の食事に制限の多い者は、ホームステイ事業向きではないし、とてもそのような青年を受入家族は面倒を見られないので、選考の段階で不合格にして欲しいと伝えた。
 また、2005年度事業における選考と選考・講習内容を質問した。

マレーシア側からの返答:

 本年度の問題を謙虚に受け止め、マレーシア政府としても最善努力すると述べた。
 マレーシア政府は同国の事業であるパーマネント・フード・パーク構想にこの研修参加者を優先的に参加させるようにしている。本年度の研修生はフードパーク構想事業に参加表明している青年なので、農業に対してやる気はある筈である。
 次年度の選考・講習については、来週かその次の週に選考を実施し、15人以上合格させて、1/3-3/31まで講習を実施する。農業省の職員が全国に分かれて各県へ行って面接をして来るとのことである。また1/21(ハジ:イスラム教の祭りの日)は休日にして欲しいと依頼があった。

<帰国研修生の農場訪問>

午後:農場訪問(1997年:Teoh Kar Yeow テオ・カー・ヤオ研修生:青森:小沢田氏)

日本での研修時にはリンゴ、サクランボ、の農場に配属になった。希望は果樹だった。
テオ研修生は日本へ行く前は、ドリアンと野菜栽培、今は野菜と花、少し果樹を生産。
今は10haあり、6haは野菜で、4haが果樹。

現在労働者は3人。2名はインドネシア人。残りはお父さん。


右端:テオ・カー・ヤオOB テオ・カー・ヤオOBの農場でのワンショット

日本へ行く前に、親父が野菜を始めたが、全くまったくマネージメント出来ていなかった状況だった。日本には技術習得のために参加したが、農業経営(マネージメント)がものすごく勉強になった。
野菜はペネン島内に販売。大量に作ってもどうしようもない。研修へ行ってからとその前の状況に違いは、随分収入が増え、儲かるようになった。周りからは変わった事をするので、変人とかキチガイとか言われることがあった。日本の研修は非常に勉強になったので、再度訪日してみたい。

現在:チンゲンサイ、小松菜、オクラ、タオチー(小松菜に酷似し、葉・茎・花を食べる野菜)

12/15
OB農場訪問:Mr. Wahid Salleh(1986)2回生
栃木県配属:磯 憲明氏(トマト、キュウリ)

日本に行く前、米を4エーカー。直播で密植栽培。その他中国人所有のトラクタードライバーをしていたが、非常に貧しかった。自分の意志で参加したのではなく、普及所から話を聞いて事業に参加することになった。昔は渡航前の講習はなく、直接みんなで集まってそのまま訪日した。
日本で勉強になった事:朝早く起きる事。勤勉。
勤勉→計画的に仕事を行うこと。一生懸命集中して仕事をする事。
施肥や薬剤散布等システム的な経営になった。技術的には稲の移植作業が勉強になった。
現在所有の耕作面積は10ha 年2作。
1987年に日本から磯氏が来日し、3日間滞在した。トラクターは1992年に購入した。
1994年にコンバインを購入して、田植え前のトラクターによる田起こし、コンバインによる収穫作業受託(受負)作業をするようになった。
田起こしの代金は1ha当り=240RM、収穫作業代は1ha=300RM、(1RMマレーシアリンギット=約30円)


ワヒドサレーOBの子供たちと ワヒドサレーOB のトラクター置き場にて

収穫は1シーズン=150ha、顧客数250戸。 田起こし作業の顧客は150名程。
現在所有の機械:コンバイン(米国の大型タイプ)2台。トラクター2台。ハンドトラクター2台
従業員8名。機械はメンテナンスが大変。機械は中古購入して、自分たちで使いやすいように改良している。
現在の米の品種はMR219、MR200(MR=Malaysian Riceの意)
販売は、精米所にすぐ売る。米の買い上げ価格は一定しているので、自分でストックしても意味がない。日本に行く前は1ha=5トン、帰国後1ha=10トンに増収した。
彼は自分が日本で得た知識は周囲に伝えている。周囲に農業で収量を争うような村がある。
良い意味で競争している。レベル向上につながっている。
彼の姿勢は素晴らしく、マレーシア農業省担当のモクタール氏も、帰国研修生の内で一番成功した例だと高く評価している。

Mr. Aslizan Jamlluddin(2000年度)
農場主:長澤氏(静岡県) トマト、その他野菜

稲作は2エーカー(年2回)、養殖(池の数は5:主にナマズ養殖)、野菜、牛11頭、やぎ12頭
ナマズは1kgあたり5RM(1マレーシアリンギット=30円)(1尾=300g程度)
1つの池に50,000尾=出荷時は45,000尾 収入的には池一つ当たり米1ha程度の収入と同じ。労働者は居らず、一人で作業している。
帰国時に変えた事は時間の管理。時間を無駄にしないようにするために色々と家畜。養殖等増やした。家畜導入は空いた時間を埋める事ができる。
2002年に結婚した。2002年のマレーシアでのフォローアップ時点はまだ結婚していなかった。
今でもリーダーのアシックとは今でも連絡を取りあっている。彼は花を栽培している。
日本の研修は楽しく、有意義だった。農場主(長澤さん)には大変感謝している。帰国後は以前の2−3倍の収入になったが、それに導いてくれたのは農場主だと思うし、非常に感謝している。
日本でJAECの要求や指導は厳しかったかと質問した処、そんなことは全くないし、自分達は良く理解できた。全く問題は感じなかったと述べていた。


右から:コイさん、アリザンOB 右から:アリザンOB,お母さん、坂元職員

この日の昼食は、ペナン農業普及センターで主催して近郊OBとの交流会を開催してくれた。
上記OBの他、下記の2名が昼食会に参加してくれた。

Mr. Ahmid Bin Din(栃木県:戸祭 真氏農場配属) 1985年  現在は花を栽培。
Mr. Hamid Zulhilmi(茨城県:倉持 清氏農場配属) 1991年 3年前まで野菜を作っていたが、現在は鶏の販売を手掛けている。

右から:ハミド・ズルヒルミOB,アハミド・ディンOB 昼食会を終えて

備 考:

今回の訪問では今後同様の問題が起れば、受入人数を減らすと最後通告をしたので、マレーシア政府もきちんと対応してくれると思われる。農業省のモクタール氏は帰国研修生に対してはしっかり対応しているし、帰国研修生からも信頼されている様子が伺えた。
また帰国研修生からは、グループを作って日本の配属農場主を訪問し、農業施設等も視察したいので、来日時の査証等の協力して欲しいとの依頼を受けた。
                                                           以上

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