
ノンフィクション作家吉岡忍氏は「奇跡を起こした村」というタイトルで一冊の本にまとめて黒川村の大変革を称えた。然し、今回わずか1泊の滞在ではあったが、奇跡ではないと確信した。 |
主宰する「みずほクラブ」のシンポジューム開催が延期になったお詫びをかねて、話題の旧黒川村胎内リゾートを訪ねてみた。東京練馬インターから関越高速で358キロ、中条のインターを出て旧黒川村胎内到着まで途中の休憩時間 を入れないと3時間30分意外と早かった。歴史博物館を右に見て平野部から山あいに入っていくと、熊本の我が故郷に帰ってきたような錯覚に思わず車を止めた左側が田圃で胎内川の堤防の上の道にびっしりと植えられた桜の並木が続く。我が故郷の緑川を遡上する風景とまったく同じなのには驚いた。ロイヤル胎内パークホテルには、宮野副支配人(海外農業研修生OB)と布川陽一社長(前黒川村村長で海外農業研修生OB)自ら迎えてくださった。 |

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早速、胎内を案内してもらった。リーダーシップを取られた伊藤前村長はカリスマ的発想と指導力を備えた人材であったようだ。出稼ぎに頼って生きる寒村の変革を志し若者を集めて共同農場の開拓をスタートさせたことでも納得できる。大きな変化のきっかけになったのは、昭和42年の土石流による大災害だった。案内された胎内観音境内には38名の犠牲者を出した生々しい写真が展示され、想像を絶する災害を忍ぶことができる。この復興に激甚災害指定を受けて村の再建に取り組まれたのが政府援助を如何に活用するかという大きなヒントだったようだ。 |


布川陽一社長 右 宮野仁副支配人
人材育成こそ村興しの原点
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伊藤村長の頭の中には、「この寒村の我が村の住民に安定した幸せな暮らしをもたらせたい」という考えが強烈にあったに違いない。共同農場の発想に見られるように、資本主義的な考えより、むしろ社会主義的な発想の持ち主ではなかったろうか?尚、特筆すべき事は、いくらトップにアイデアがあり、資本を調達できても、それを実践する人材が居なくては夢は実現しないと判断したことである。既にドイツで農業研修を終えていた布川陽一OBをを役場に迎え入れた。そして、社団法人国際農業者交流協会が実施する海外農業研修生制度に次々と若者を送り込んだ。その数は、人口6000人の村で布川OBを筆頭に既に26名、自治体主導でしかも村が資金を援助して海外研修に参加させるという例は全国を探しても見当たらない。しかもそのOBたちが、期待に応えて全員村の中核となって村興しのリーダーシップを担っている素晴らしさを目の当たりにすることができた。なかでも実践の先頭に立った布川OBの人間的な魅力が後輩達を育ててきた事はもっとも大きな貢献だろう。これは吉岡氏が言うような奇跡ではなく、将来の村興しを展望した人材の育成から手掛けた叡智とそれに応えてくれた研修生OBの努力 の融合以外何ものでもない。 |


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補助金の活用は生産性をターゲットに
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確かに黒川村は情報とチャンスを活かして国の補助金をしっかりと導入して活用した。然し、全国各地の自治体と違うのは,その多くががいわゆる箱物といわれる00会館、0センター、に代表されるように生産に繋がらない建物や施設に補助金をつぎ込んでいるが、此処ではすべてが生産に結びついている。全部を紹介は出来ないが、ドイツから一部プラントを導入したビール工場、畜産団地で生産した原料で作るチーズ、ヨーグルトやハム、胎内の水、麦茶、漬物、ワイン、日本酒チューリップ染め、そば、有機農産物などなど・・・ |
必ずまた来たくなるところだ!
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外部からの観光客を誘致する発想のきっかけは既に存在していた村営のスキー場だったようだが、観光客のリピートは「又来たい!」と思ってくれる設備とサービスである。5年前に完成した新しいロイヤル胎内パークホテルは東京のトップクラスホテルに遜色はない。従業員教育も一流ホテルで1年間の研修を受けさせ、サービスには万全を期しているようだ。 |


胎 内 星 祭 り
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リゾート内には「胎内自然天文館」「昆虫の家」「クレーンストーン博士の館」「黒川石油公園・シンクルトン記念館」など、子供が学習できるたくさんの施設がある。自然天文館は当然のことながら、文明の明かりがまったくj見えない星空観測には最適の場所にある。此処はかって、大洪水後の復旧を見ていただくために誘致した天皇陛下臨席の「植樹祭」が行われた場所でもある。その後、皇太子臨席の植樹祭も行われた。星祭りは毎年8月下旬に行われるが、1984年開始以来、人気のイベントで、当日のホテルは1年前から予約が埋まってしまう人気である。 |
ハローウインのかぼちゃ品評会
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農業者交流協会前常務の本田親盈OBから贈られたカボチャの種が、農家に配布されて育てられたカボチャが持ち寄られてハローウインのイベントが行われる。優勝者には贈り主の「本田賞」が贈られる。尚、この日に出される料理、ケーキ類すべてがカボチゃで作られたものだけというのもおもしろい。 |
経 済 特 区 に
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第3セクターではなく、自治体自らのマネージメントで村興しを此処まで開発した例は全国のなかでも他には無いのではなかろうか。それによって住民による生産から加工、販売、サービスに至るまで職場を確保するという事は、自治体にとっては夢の実現である。ただ云えることは自治体(公共)の設備としての限界がかいま見える。公共設備としての縛りがあるのだろうか? 商業的な打ち出しに弱さを感じてしまう。胎内に繋がる道路にはほとんど胎内の案内看板らしきものを見かけなかったのが、その表れのように感じられた。政府が打ち出した特区制度があるのだから、稀に見る自治体による立派な開発を育てるためにも経済特区に指定される事を期待したい。 |

胎内スキー場(パンフレットより) 胎内高原ゴルフコース

妙高高原 新潟の友人に誘われて胎内からの帰途、立ち寄った妙高は残雪と新緑が溶け合っていた
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