スイスの農業と家畜糞尿処理技術の現在 
スイスの概要

スイスは人口約750万人、国土面積420万平方メートルで、日本の国土の9分の1、およそ九州と同等の面積を持つ。 地形は大きく分けて3種類あり、日本人がスイスと言われて最初にイメージするようなアルプス山脈のある高山地帯、 比較的温暖で降雨量の少ない平地が広がる中央地区、そしてジュラと呼ばれる北東山岳地帯である。 中心となる産業は3次産業で、特に観光である。


スイスの農業概要

スイスの農業は多様性があり、他のヨーロッパ諸国に比べ比較的農家経営規模が小さい詳細/ 閉じる ) のが特徴である。 多くの家族経営農家は直売場を有し、農産物の地域消費が進んでいる。 農業の多面的機能は1998年から農業法に表され、
    @食糧の供給
    A自然生活基盤の維持
    B農村の景観保全
    C地域分散居住
を目的としている。多くのスイスの農家には直接所得補償 ( 詳細/ 閉じる ) が支払われ、営農の中核をなしている。
スイスでは新規法律 ( 詳細/ 閉じる ) は国が立法するが、法律の実施や更に細かい決め事は、カントンと呼ばれる州ごとに行われるので 地方自治制が強く根づいてる。
農業は伝統的に畜産が中心である。農業生産の割合は、畜産物が約50%、穀物などが約10%、そして野菜が約20%であり、 スイスにおいて畜産業の継続維持が重要となることを示している。農地の利用については、自然牧草地が約60%、 人工草地が約10%で、合計70%程が草地である。主用家畜は ( 詳細/ 閉じる ) (搾乳牛、肥育牛)、羊、豚、鶏、山羊である。 中でも牛は最も盛んに利用されている。
スイスのここ10年間の生産物自給率は60%強である。穀物が50%、ジャガイモ95%、そして牛乳 ( 詳細/ 閉じる ) の自給率は117%である。

スイスの農産物販売
 

スイスには大きな農産物の市場を担う企業がある。MIGROSとCOOPである。 多くの農家は生産物をどちらかの企業へ出荷しており、一般の市場の価格を決めているのは実質この2大企業となる。
このような背景があってスイスの生産物流通はX状の構造を成す。つまり、生産物は最初に生産者という大きな塊から、大規模なスーパーなどの 生産物取扱店(つまりMIGROSとCOOP)に集中、集約していき、最後に消費者という大きな塊に向う。

これとは別に、農産物の直売が一般的に普及しており、多くの農家が直売場を有し、そこで野菜や果実、卵、花、その他自家製のパンやジャムを 販売している。一般的に直売場の方が割高であるが、地域住民が恒常的に訪問し新鮮な食材を購入していく。このような 地域の繋がりは地産地消のイメージと重なる。
生産物流通の構造

スイスの農家概要

平均経営面積:約15ha(内約6haが借地)
一戸当たりの労働力:1人(2人目から家族;妻、子など)
労働時間:55時間以上(スイスの一般労働者の平均労働時間約40時間)
現在の農業者人口では、スイス人の20人に1人が農業をしている計算になるが、ここ10年間の傾向としては、 一戸当たりの経営面積が拡大し、労動力が減少している。これは、小規模農家が農業をやめ、大規模農家が更に規模を拡大している ことを示す。つまり規模拡大により生産コストを抑え、他国との競争に耐えうる経営を目指している。

サイレージ作り

地域空間政策

農業離れによって耕地、農地が住宅地などに変わらないような対策が練られている。土地の利用において農地の場合と宅地の 場合では宅地の方が高くなるよう地価に差をつけている。また、農地を親子で譲渡する時、子はその土地を購入する事になり、 しかも譲渡後25年間は売る事が出来ず、売る場合にはその土地で上げた収益を家族全員に分けなくてはならない。


現在スイスが抱える農業問題

近隣農業大国のドイツ、フランス、イタリアなどEU諸国からの農産物流通の圧力により徐々に国境緩和に乗り出している。 スイス国内の農産物は国の制度で価格を保護されてきているが、国境を挟んで隣の町ではスイス国内の半額ほどで同様の農産物 が販売されている現状から、スイスの農業の存続が危ぶまれる。さらに、スイス最大の農業輸出品はチーズであるが、 国境緩和に伴ない、今後EU諸国との協議によってスイス国内のチーズにかけられている補助金が削減され、よりヨーロッパ諸国 との競争が激しくなる可能性が考えられる。また、現在国内で取り決められている生乳生産割当 ( 詳細/ 閉じる ) を2009年で撤回し、 農家がより自由に牛乳生産をできるようにする方針である。これにより恐らく乳価が大幅に下落するので、多くの酪農家に影響が出ると 考えられ、小規模農家が淘汰されることは必至である。
いずれにしても50年前に比べスイスの農産物価格は下がる一方なので、今後は独自の新しい市場ルートを開拓する必要がある。 それがEU諸国も対象とした市場の自由化である。スイスは今後より激しい競争で生き残る体制を作っていかなくてはならない。

この10年間で生産者価格は大幅に減少しおよそ20億SFr(スイスフラン)の損益となっている。しかし、原価が低下しているにも関らず消費者価格は 上がっている。これは加工品の流通が拡大していることによるが、消費者が既製品を求める傾向が強まり、付加価値のついた商品の 消費が高まっていることを示している。結果的に加工業のマージンは上がったが、農業所得 ( 詳細/ 閉じる ) は下がってしまい、農家の所得は 現在一般労働者の所得に遠く及ばない。これが一因になり離農者が増え、近年は離農率2.5%〜3%で、特に酪農家の離農が 多くなってきている。

また、農業文化をいかにして保護して行くかが重大な課題で、特に山間地域の過疎化、農家の減少が問題である。 山間地域の農家保護が何故重要かというと、それらの農家が牧歌的なスイスの風景を作り出しているからである。スイスでは観光が国益の中心であり、 観光資源の風景を保護していくことが大切である。スイスのイメージ、美しい農山村風景及び文化保護などは農業と 切っても切り離せない親密な関係がある。それは農業がスイス文化そのものであるからと言える。スイスには農業の保護は文化の 保護という理解があり、他の産業の保護に比べ手厚い保護を受けている。しかしながら現状は国家予算の8%に過ぎず、 医療に関する予算が国家予算の25%用意されているのに比べると随分と低いことが分かる。

 
Luzern州における環境対策

スイスの中部に位置するルツェルン州。ここの自然環境はかつて畜産業の発展の影で圧迫されてきていた。 現在のルツェルン州の環境保全型農業への取り組みを取り上げてみた。


緑色の地域がルツェルンの地域

現在(2003年現在)ルツェルン州には5500戸の農家があり、その多くは酪農家、養豚農家である。特徴としては、家畜頭数が多い割に経営面積が 小さいことが上げられる。 約25年前、センパッハ湖を含む3つの湖では畜産経営に付随する水質汚染が問題となった。畜産廃水に含まれる窒素やリンが大量に 湖に流れ込み富栄養化してしまったのだ。これに際してルツェルン州では湖の浄化及び環境対策が必要となった。
まず、家畜頭数が過剰である現状を把握し、飼育頭数を減少させる必要があったが、農家の生活基盤である家畜を経営面積との バランスをとって割り当てることは不可能であるので、様々な技術処理による対策が講じられた。湖の汚染に大きな影響を与えて いたのが、ルツェルン州で盛んに行われている養豚であったので、その排泄物に含まれる窒素分の減少を目的としてエコ飼料 ( 詳細/ 閉じる ) が用いられた。エコ飼料を給餌する事で排泄物中の窒素、リンを軽減する事ができた。また、1つの農家が自己処理できる家畜排泄物の 量にも限界があることから、農家同士で契約 ( 詳細/ 閉じる ) し、柔軟に家畜排泄物の搬送、処理ができるようにした。更に、排泄物を固形物と液体とに分離する機械 ( 詳細/ 閉じる ) を用いて運搬、利用が容易にできるようにした。また普及員が糞尿の効率良い散布方法を指導し、窒素、リンの 損失を防ぐことができるように配慮した。
とある養豚農家では経営面積と飼育頭数とのバランスが取れていなかったので、逆浸透圧利用の糞尿処理 ( 詳細/ 閉じる ) を行う事で改善した。
また、家畜の糞尿を利用してバイオガス(主にメタン)を発生させ発電に利用するバイオガスプラント ( 詳細/ 閉じる ) を保有する農家もある。

家畜排泄物が環境を圧迫しない為の工夫
緩衝池

緩衝池

湖と畜舎の間の草地にため池を設置することで次の効果が期待できる。
・外部に流出した家畜排水中の窒素やリン、硝酸塩がいったん池の中に滞留し、 その間に水草や水辺の植物に固定されることで湖の汚染を防ぐことが出来る。池の水草や植物は定期的に除去する。
・大雨が降った時、河川に大量の雨水が流れ込むのを抑えるダムの効果がある。
・水辺に多品種の植物が生息することで様々な小動物の生息地となり、つまりビオトープとしての機能が期待できる。
・自然空間を提供し、憩いの場としての利用が可能。
バイオガスプラントガス発生装置 バイオガスプラント

家畜を扱えば生産物以外に排泄物も大量に発生する。家畜飼育と糞尿処理はどうしても切り離して考えることの出来ない 問題であるが、バイオガスプラントでは、この排泄物も資源、エネルギーとして認識している。 確かに大量の排泄物をただ廃棄してしまうのはもったいないことである。
設備投資が大きく単独で作ろうとするのは 難しいが、スイスやドイツ、デンマークでは国が補助金を出してくれる為個人で保有する農家もある。
ホース式糞尿散布機 ホース式糞尿散布機

従来の糞尿散布は反射プレートにスラリーを当てて空中に噴霧するタイプであるが、これは接地散布するタイプの散布機である。糞尿が 空中に飛散しない為、従来のタイプに比べ匂いがあまり出ないので、周囲への配慮が行き届いているといえる。その上、気化しやすい有機窒素分 を直接地面に撒くことが出来るので栄養分の飛散も減り効率的である。このタイプのほかに、地面に爪で跡をつけそこにスラリーを 散布する打ち込み式糞尿散布機がある。

センパッハ湖の浄化

ルツェルン州にあるセンパッハ湖の水質汚染からその浄化まで

汚染が最もひどかった当初センパッハ湖のリン濃度は160mg/m3であった。通常の湖の値が30mg/m3なので、 どれほど汚染が進んでいたのかよく分かる。湖の透明度が失われ、湖底まで光が届かないため水草が減少した。 この湖の状況を改善するためとられた対策が、湖に流れ込む生活廃水を減少さることと、畜産農家中心に環境保護に則った 農業法を確立することであった。また、湖底にエアレーションマシン ( 詳細/ 閉じる ) を沈めて湖の浄化をする方法が試みられた。さらに、湖に流れ込む川の水質や、どこの川からリンが多く流れ込んでいるのか明確に調査した。コンクリートで固められた 河川を再自然化し、ビオトープの形体にした。また、農家と河川の間に糞尿の流出を防ぐ為の人工池を設けることで直接河川に 糞尿が流出するのを防ぐことができた。
こうした努力によって現在では湖のリン濃度は40mg/m3となっている。水の透明度も回復し魚の泳ぐ姿、湖底から青々と伸びる水草 を見ることができるようになった。
透明度の戻った現在のセンパッハ湖

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